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2026.09.18
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様々な会社のリーダーや創業者の半生を追いかけて心躍らせる「創業者オタク すずきすい氏」に、多様な創業者たちの名言を紹介いただきました。今回は、第一国立銀行創立者・渋沢栄一氏の言葉として広く紹介されている一節をご紹介します。


渋沢栄一氏は、日本の近代経済の発展に大きく貢献した実業家として知られています。1840年、現在の埼玉県深谷市に生まれ、若い頃から家業を通じて商売に触れました。その後、一橋慶喜に仕え、ヨーロッパへの渡航や明治政府での仕事を経験した後、民間の立場から日本の経済発展に力を注いでいきます。
1873年には、日本最初の商業銀行とされる第一国立銀行の創立に深く関わり、総監役、のちに頭取を務めました。第一国立銀行は、その後の再編を経て、現在のみずほ銀行につながる銀行の一つとなっています。
しかし、渋沢氏の活動は銀行だけにとどまりません。生涯を通じて約500の企業の設立・経営に関わったほか、約600の教育機関・社会公共事業の支援や民間外交にも尽力したとされています。その歩みは晩年になっても止まることなく、88歳の頃には日本航空輸送株式会社の創立委員長として、新たな事業の立ち上げにも関わりました。
91歳まで生き、長きにわたって社会に新たな価値を生み出し続けた渋沢氏。今回紹介する言葉は、そんな彼の生涯とも重なる一節として広く紹介されています。

渋沢栄一氏の言葉からは、「もう遅い」と年齢だけで自分の可能性を決めてしまわない、力強い姿勢を感じ取ることができます。
私たちは年齢を重ねるにつれて、「今から始めても遅い」「若い人に任せるべきだ」と考えてしまうことがあります。しかし渋沢氏の人生を見ると、年齢を重ねてもなお、新たな役割を担い、社会に必要とされることに向き合い続けた姿が見えてきます。
大切なのは、単に長く働き続けることではないのかもしれません。いくつになっても好奇心を失わず、学び、人と関わり、自らの経験を次の挑戦へとつなげていく。その積み重ねによって、人は何歳からでも新たな価値を生み出すことができるのではないでしょうか。
この言葉は、渋沢栄一氏の「年齢にとらわれず、生涯を通じて社会に価値を届け続ける」という姿勢を象徴していると言えるでしょう。
何かに挑戦するとき、私たちはつい「もう遅い」と、自分で自分の可能性に線を引いてしまうことがあります。しかし、人生のどの地点にいるかよりも、そこから何を始めるかの方が大切なのかもしれません。
この言葉から学べることは、次の三つではないでしょうか。
① 年齢で可能性を決めない
新しい挑戦を始めるのに、遅すぎると決めつける必要はありません。
② いくつになっても学び続ける
積み重ねた経験に新しい学びを重ねることで、次の可能性が生まれます。
③ 経験を次の価値へつなげる
これまで培ってきた知識や経験は、誰かや社会のために活かすことで、新たな価値へと変わっていきます。
「もう遅い」ではなく、「まだできる」。年齢という数字に自分の可能性を預けず、今日からまた新しい一歩を踏み出す。そんな生き方を、この言葉は後押ししてくれているのかもしれません。
言葉の力を纏って、さらなる挑戦へ。
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